決定論を非決定論に置き換えれば自由意志が救われる、と考えるのは馬鹿げた話である。
単に、自分の意志がレールに沿って決まる代わりに、さいころによって決まるようになるだけなのに。

嫌なものを見たときはたくさんの情報を浴びて気分を押し流そう。
感情と便は滞留させてはいけない。

このツイート主は、ストーリーの供給の仕方を「作り切り」の形だけだと狭く捉えている。
だが、ソシャゲはストーリーをモジュール的に機動的に供給する形態である。(CaaS, Contents as a Service とでも言おうか)
こうした現代的な仕組みにおいては、顧客が「キャラの掘り下げ」を対話的に要望するのは不自然なことではない。 またこうした形態を一概に低品質と断定するのも言い過ぎだろう。

ouchi さんがブースト

twitter.com/agmcro/status/1180

一連のつい全部読んで「おたくのキャラ妄想離れキツイな…」って思いました

ouchi さんがブースト

明瞭な分析だった.
「高等教育の大衆化に伴い、左派政党の支持基盤が低学歴労働者から高学歴の知識労働者へと、大きくシフトしたのである。高学歴の「左派」支持者は、所得水準が比較的高いので、所得再分配にさほど関心をもたない」
「右派の伝統的な支持基盤はそれほど変わっていないが、左派の支持基盤が大きく変わって、ブルーカラー労働者の味方がいなくなるというエア・ポケットが生まれたのである」
“高学歴な人”ほど左派政党を支持する「先進国の現実」 | Web Voice shuchi.php.co.jp/voice/detail/

極論は、問題の認知を近づけ、解決を遠ざける。

MMTと永久機関の発明は似ている。
どちらも、既存理論と共通する「正しい要素」を積み上げつつ、細かいけれど本質的な部分を恣意的に無視する(見落とす)ことで「すごい結論」を導いてしまう、という構造を持つ。
こうしたものの間違いを理解するのは難しい。部分部分だけを見れば「正しく」、誤りは書かれていないところにあるから。

freedom は 他人が自分を支配しないこと。
liberty は 自分が自分を支配すること、自己統治。
liberalism は 自分が他人を支配すること、自己統治の失敗あるいは放棄の末の自我膨張。

「科学」と「科学の成果物」とは分けて考えるべきものである。
混同する人は世間に多いが……

togetter.com/li/1402423

SNSとは他人を気にしすぎる人々を目にすることで他人を気にしすぎない心を培う修行の場である。

力ずくが必要な物事に対してリソース不足なので「効率よくやれ」と言う精神論。
効率よくやれる物事に対して知恵が不足してるので「力ずくでやれ」と言う精神論。
二つの精神論がいい具合に絡み合って、社会は沈んでいく。

零票確認したくて投票所開く7時まで起きていようとシャークネード5見ながら頑張ってたのに、寝落ちして気づいたら6時55分。零票確認に間に合わず悔いの残る参院選となった。

ouchi さんがブースト

令和最初の国政選挙で、生まれてはじめての零票確認をしてきました。
元年は何かを始めるには良いらしい、と聞いていたので。
後ろの人が待っている中での確認作業は急かされているような重圧を感じますが、箱の中が空っぽなのをしっかり確認してきました。
まぁ、空っぽなのは当たり前の事ですが、これが当たり前だと思える・言える我が国は良いなー、と。
これからもまもって行かないといけないな、と思うので、まずは一人の国民としてこれからもしっかり投票して行きたいです。

gmail経由のメール送受信ができないと思ったら、googleがうちのアドレスのMXレコードのルックアップに失敗してる。(↓で確認)
toolbox.googleapps.com/apps/di

他の手段だとちゃんとMXレコード見えてるし、gmail通らないメールは届いてる。

googleが狂ったのか、うちが使ってるDNSサーバがgoogleを蹴ってる?のか、謎だ。
困った。

単純な多項式計算程度であればこういう「置き換え」について(テクニックとして)理解できる人でも、ことラムダ計算やプログラミングになると「置き換え」による理解が困難になる。
落ち着いて順序立てて考えれば、単純な「置き換え」の積み重ねにすぎないにもかかわらず。

ouchi さんがブースト

めっちゃ混乱するスゲー設問だ

数学の問題っていうよりも国語の問題っぽいぞコレ

中学生の数学定期テストが難解過ぎて議論紛糾「多項式を文字でおくことが出来るのはなぜ?」
togetter.com/li/1364497

状況や条件によって悪事をしない人間は、状況が許せば悪をなすかもしれない。
だが、自分がそうではないなどと信じる人間よりもよほど正直で御しやすいともいえる。

Fediverseに本当に必要なのは分散AI

「アート」を前にして、現代人は、「自分が何を感じたか」ではなく「作者が何を伝えようとしてるのか」を知りたがるようになった。
「正しい見方」をしなければ誰かにバカにされる、そういう惨めな不安が常に人々の間に漂っている。
「アート」に対する疑心暗鬼を人々に植え付けてきた評論家たちのふるまいは罪深い。

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