まあ騒乱ってのはいつも誰かのビジネスチャンスよね。

これに限らず、新型コロナウイルスが出版社にビジネスチャンス扱いされてる感。
game.watch.impress.co.jp/docs/

不況対策にお金を刷っても問題なし、と分かったような顔で言う人は多いが、信用創造の仕組みすら知らないで言ってそうなのばかり。

ouchi さんがブースト

「本当に頭いい人は頭悪い人にもわかるよう説明できる」という風潮は本当に危険で、突き詰めると、本当に誠実な説明よりも嘘をついてまでもわかった気にさせてくれる詐欺が求められることになってしまう

ouchi さんがブースト

環境活動の一定数は、新しい市場創出したいだけに見える

「選択と集中」は撤退戦の中の博打打ち。確実な選択が分かっているならそれに競争力はないし、不確実な選択はだいたい失敗する。
そのくせ失敗は許されないほど追い詰められてるのが日本社会。

所詮はテセウスの船のバリエーション。

量子テレポーテーションで転送された人間は別人になってるんじゃないか、という哲学的禅問答がある。
そんなことを気にするくらいなら、昨日寝て今日起きた自分すら別人かもしれないと気にしないとおかしい。

「手を使えないのはサッカー選手の限界である」というアホはいない。

twitter.com/dgFrCydWStMhLU0/st

宝くじに当たった人は自分に起きたことに「奇跡」を感じるが、十分な思考能力があればその「奇跡」は確率的に仕掛けられた必然にすぎないと俯瞰できるだろう。
だが「現在」や「自分」についての実感をこうした俯瞰的思考に帰することのできない人は多い。

予め存在してる(ような書き方をされる)四次元時空の中で「現在」が特別に見えるというのは、世界に数十億個もころがってる脳髄の中で「自分」がひとつの脳髄に局在してるのを特別だと感じるのに似ている。

谷村先生のほうにも「ちょっとものの見方が硬すぎない?」と言いたくなるところがあるけど、哲学者側があまりに……なので、印象は谷村先生寄り。

谷村先生の主張で一つだけ気になるのは、相対論が「宇宙全体にわたる現在」を否定している、ってところだな。
相対論が含意するのはそういう「現在」を具体的に特定することの不可能性であって、「現在」そのものの否定ではない。
谷村先生も慎重に特定不可能性のほうを述べているんだけど、その直後で存在そのものの否定に転じるように見えるところがある。

この補足ノートを読んだだけですごい徒労感。実際に哲学者相手にやり取りしてた谷村先生本人には拷問のようであったろう。

谷村先生めちゃくちゃ怒っとるなあ。まあ哲学者サイドがこの体たらくじゃ無理もないけど。

『〈現在〉という謎』をめぐる議論
phys.cs.is.nagoya-u.ac.jp/~tan

鏡に映る自分の姿に対して魂の存在を感じるか? とふと考えていたら、鏡を見るのが怖くなった。

「独裁者の部屋」思い出した。
終わり辺りを見ただけだけど。

ouchi さんがブースト

独裁します宣言してる鯖で生活するディストピアシミュレーションやりたくない???

決定論を非決定論に置き換えれば自由意志が救われる、と考えるのは馬鹿げた話である。
単に、自分の意志がレールに沿って決まる代わりに、さいころによって決まるようになるだけなのに。

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